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読書

2018年2月 4日 (日)

ブックトークオフin神田 

2月4日(日)晴れ

久しぶりに、今村さん主宰のブックトークオフに参加しました。

日曜なのだが、結構忙しくて、12時に大宮八幡で仕事の新年会があり、帰って着替えて職場に顔を出して、ちょっと仕事の整理をしてから、5時半集合の神田に向かったので、会場に着いたらもう皆、勢ぞろいしていてちょっと驚く。

会場は、麹麺神田店。個室でないが、12人でテーブル2つに分かれた。

割と初めまして人が多くて、最初はエンジンがかからないが徐々に慣れて、本の話をしだすがこの会のいいところだ。海外文学にはちょっと話せなかったが・・・

隣の人が、大学の授業で、村上春樹のついてレポートを出させられたというのは、ちょと驚いた。

日曜の夜なので、ビールと焼酎お湯割りのみで、ちびちびやっていた。

しばらくして、本の紹介となる。

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その後、席替えがあって、周りの人が交代して、懇談。

好みのジャンルに違いがあったのか、初参加の人が多かったせいか、控えめの会話が多かった気がした。女性が多かったのも、おじさんが女子会に紛れ込んだ感もあったかな。

それでも、後半は、皆調子が出てきて自分の好きな本の想いを語っていた。

自分はちょっと、読書量や本への想いが減っているのか、熱く語るのは大変な感じもしてきたが、また次回もあれば参加しよう。

2016年8月27日 (土)

ブックトークオフ in日暮里

ひさびさにブックトークオフに参加。

今村さんが東京に出てくるので、まあ飲みましょうかという感じだったのですが

どうせなら、ブックトークオフにしようということで、結局8人の参加。

http://mixi.jp/view_event.pl?comment_count=4&comm_id=4501801&_from=subscribed_bbs_feed&id=80399331

6時半に改札に集合そこで、ひとしきり雑談で盛り上がり、お店に向かう。

金葉 日暮里店

駅から直ぐで、タワーマンションの1階、きれいなお店です。台湾料理のお店なようです。

中華料理屋の個室にちょうど収まる人数でした。

初対面の人が多かったので自己紹介から始まり、本の紹介。

それぞれの個性が見られる本。同じ傾向のひとはいない。

それが面白いのがブックトークオフ。

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お店は、完全個室ではないが、仕切りがあって話をするには十分。

隣のRさんと大船近辺の神奈川話で盛り上がっていました。本の話はもっとしたかったですね。

飲み放題3000円のコースは量的にも十分で、ちょうどいいかんじで、飲み放題2時間の後、1時間半もいてしまっても大丈夫というのがいい。非常にリーズナブルなお店です。

また再訪してみたいです。

ビール、紹興酒、仕上げにハイボールと結構飲んで、くらっとするくらい。

帰り道は、池袋周りで、東武東上線で池袋から直ぐのところに住んでいるKさんといっしょに帰りましたが、また本の話をもっとしてみたいですね。

本は好きでよく読むのだけど、それについて語り、それをよく聞いてくれる人が、まわりには居ないのでしょ。いままで考えてみたこともない本を紹介を聴くこと、それがスリリングです。

新宿から中央線遅延。新宿発中央特快のなかでしばし待機。帰宅は11:55。

2015年5月 6日 (水)

今野敏「隠蔽捜査」名言

隠蔽捜査3.5「初陣」

P146~147

「マスコミ対策に自信が無いのなら、警察庁に振ってしまえ。・・・手に余るなら、上に預ける。それも原則だ。みんな組織の一員であることを忘れて、できないことを背負い込むから悩むんだ。手に余る事柄は上の者に任せる 」

「なんと単純で明快なこたえだろう。操作と検挙。それだけをやればいいということだ。」

隠蔽捜査4「転迷」

P92~93

「自分の署に捜査本部ができるからといって、何も慌てることなどない。いつものとおり、仕事をすればいいのだ。」

「適材適所を心がける。その場その場で最善の判断を下すようにする。」

「それだけでいいのだ。」

「できないことをやろうとするからうろたえるのだ。できることをちゃんとやればいいだけだ」

竜崎署長の原理原則に則って、考え行動する、そのシンプルさがすごい。

小説上の人物だが、似たような人は実際にいそうだ。こんな人と仕事で付き合うのは大変そうである。

2014年12月12日 (金)

読書の履歴 すきな作家リストとか

米沢温泉オフ会に向けて読書履歴を整理してみて、

「人生をかえた1冊」とかもあれば思い出してみることにする。

1 村上春樹

 「1970年のピンボール」で読み始め、学生時代は何度も何度も繰り返し読んで、ピンボール好きの友人にも進めてみたりした。(反応は無し)

 鼠3部作は一番好きだった。

 「風の歌を聴け」…翻訳はされないという。ここが出発点。

 「ハードボイルド、ワンダーランド」のパラレルワールド、やみくろ

 エッセイは、ジャズに関するものも多く、共感ができて、大好き。

 最近のものは、ストーリーとしては面白いが、かつてのキラメキとは違った方向になった。

 「夢で会いましょう」・・・糸井重里とのショートショ―トの連作集もいい。

2 スコット・フィッツジェラルド

 村上春樹の訳の影響で読み始める。短編集は読んでいて、ドキッとするフレーズがある。 比喩は、フィッツジェラルドの影響を村上春樹が受けているのよくわかる。

2 矢作俊彦

「マイクハマーへの伝言」

「死ぬには手頃な日」「あ じゃぱん」「」

横浜の不良の心意気。日本のハードボイルド。

自動車関係の短編も味がある。

著者は、運転免許はとったのだろうか?

3 片岡義男

片岡義男といえばオートバイ小説。この影響でオートバイに乗りはじめた。

KawasakiのW1とは行かなかったが、ヤマハのシングル、SRXに乗り続けている。

4塩野七生

 ローマ人の物語

 ベネチアを描いた「海の都の物語」

  孫引きでなく、ローマの原典からあたっての著述と主観的な好みが何とも言えない。

  決して文章は上手くない。イタリア人の医者と結婚。裕福な生活。

5 須賀敦子

 ミラノ霧の風景 

 コルシア書店の仲間たち 

 ヴェネツィアの宿

 トリエステの坂道

 ユルスナールの靴

ミラノの書店で知り合った、鉄道員の息子と結婚。労働者階級の生活に飛び込む。

ストイックなキリスト教徒であり、死後、日本でもボランティアとして活躍。翻訳家。

もう10年生きていて欲しかった。

6 宮崎駿

 風の谷のナウシカ・・・映画と違い原作の混沌さ。これを映画にしてほしい。

 紅の豚・・・シックな大人のアニメ。子供にはその渋さがわかるか。

 耳をすませば・・ 多摩センター。中学生、ヴァイオリン。恋。猫。

 もののけ姫・・・◎ ヤックルが好き

 ゲド戦記・・・原作と全然世界観が違う。原作の暗さのなかの一抹の明るさが好き。

 風立ぬ・・・戦前の美しい風景。物悲しい。戦争の悲しさ。

 ドイツの戦車もの。

○ 辻 邦夫

○ 池澤夏樹

○ 司馬遼太郎

 

7 この1冊

 夜と霧…人は希望を失うことで死ぬ。人生の目的はあるものでなく、人生の側か

       どう生きるべきなのか、の問いにどうこたえるかだ。

 「禅とオートバイ修理技術」 ロバート・M・パーシング

     ・・・シャトーカについて パット・メセニーのアルバム

       通読できたことが無い。挫折するのはなぜか。

 「阿弥陀堂だより』 南木佳士

     ・・・・「人生は苦しくて、つらいものなのに、どうしてつらいことが書いてある小説

         をわざわざ読まなくてはならないんだね」

 

【最近の作家】

1 佐川光晴  「おれのあばさん」「おれたちの青空」

           「おれたちの約束」

2 松家仁之 まついえまさし

          「優雅なのかどうか、わからない」

3 浅田次郎  「極道動放浪記」

          「地下鉄乗って」 「霞町物語」・・・自伝的小説

4 白石一文  「子の胸に刺さった矢を抜け」・・・これがベスト 

 

5 藤岡陽子「いつまでも白い羽」

 看護学校のリアルな生活 友情 失恋 離婚、いじめ。それでもまっすぐに頑張る主人公 著者の実体験が反映されているのだろう。社会人や主婦から看護婦になろうとする学生に対しての学校側の厳しさには驚いた。

 

 

 

2014年12月 7日 (日)

泣いた赤鬼 感想

泣いた赤鬼

著者は、浜田 広介 1935年に初出。

本を探したが、図書館には紙芝居はあったが、どうも文章で読めるものが、見当たらない。

不思議だ。

児童文学選集のなかに入っているだろうか

それでも、紙芝居を図書館で閲覧したり、ネットであらすじを読んだりした。

○ 赤鬼は、村の皆に受け入れてほしいというのは、世間への迎合、

   みんなに受け入れてほ しいという自己顕示欲のあらわれではないか。

○ 鬼としての生き方があるのではないか

○ 赤鬼、青鬼は何かのメタファーだったのか

○ 走れメロスを思い出した。親友との友情

○ 鬼という外見で、つらくあたる人間たち。様々な差別を思い浮かばせる。

○ 世間の受け入れてもらう代わりに親友を失ったのは、結果的には、赤鬼の孤独を深めた

  のではないか

○ 青鬼の自己犠牲。

  親友の赤鬼が幸せになるのであれば、自分は身を引き、犠牲になることもいとわない。

  ・・・・ これは、その時代の雰囲気だったのか

○ 本当に大事なものは何か。を問うているのではないだろうか。

全文

http://note.b-do.com/articles/59363

2012年11月 3日 (土)

「夢を見るために毎日僕は目覚めるのです」からその2

「誤解の総体が本当の理解なんだと僕は考えるようになりました」

「読者からたくさんのメールをもらって実感したことは、そこには自分いろいろな種類の誤解やら曲解があるし、やたらほめているものもあれば理不尽にけなすものもある」

「そういうものが数としてたくさん集まると、全体像としてはものすごく正当な理解になる」

「逆にいえば、僕らは個々の誤解をむしろ積極的に求めるべきかもしれない」

「そう考えるとずいぶん楽になるんですね」

「誰かに誤解されるたびに、見当違いな評が出るたびに、「そうだ。これでいいんだ。ものごとは総合的な理解へと一歩ずつ近づいているんだ」そう思えばいいんです」

ー恐怖をくぐり抜けなければ本当の成長はありませんー から

2012年9月28日 (金)

村上春樹インタビュー集「夢を見るために毎日僕は目覚めるのです」から

村上春樹は、こう語っている。

「「ノルウエーの森」があれだけ売れたあとは、一時期本当にいやになってしまった。

人間関係の変質みたいなものが、すごく辛かった。

お金を決してバカにしてはいけない。

で、お金があれば自由と時間が買えることがよくわかった

「長編書き下ろしを中心にやる小説家にとっては、お金は現実的に大事なんです」

お金がないと自由と時間がなくなる、ということか。

グレン・グールドも、投資に精を出していて、お金があれば、人を雇えて、銀行や役所の面倒なことをやってもらえる、とか言っていたなあ。

お金があっても自由とは限らないだろうけれど。

2012年8月12日 (日)

読書状況

「横道世之介」 吉田修一

 80年代に田舎から出てきた青年の大学生生活。

 世間知らずのお嬢さんとの交際。できちゃった婚で大学を辞めた友人カップル。10数年後に友人が、彼のふと思い出す。

 携帯電話もネットもない時代。そんな80年代のバブルが懐かしい。

 特別な事件は起こらないが、最後の話から、世之介が今が生きていないことがわかる。

 語り口は飽きさせない。吉田修一の文章は上手い。なんてこと無い話の連作風な構成。

 自分の学生時代を思い出した。

 当時は6人ぐらいのグループで遊んでいた。モルモン教の宣教師に勧誘されていた栃木から出てきたTくん。ラグビーのF君、同じ系列の付属から来ていてS君、皆どうしているのやら。

「氷平線」 桜木紫乃

人情の機微を細かく描く、上手い小説を書く。古風な感じもする。

釧路近辺の酪農家。東京から嫁に入ったが苦労する。狭い人間関係。偏狭な姑。

理髪店の若き主人。歯科医師。それぞれの男女関係が描かれる。

寒く冷たい道東の冬には、人の温もりが必要なのだろう。

「武曲(むこく)」 藤沢周

剣道小説の名作ではないか。ふとしたことで剣道部に入ってしまう高校2年の主人公。父との確執でアル中になってしまったコーチ。鎌倉を舞台とし、禅寺の和尚が剣の達人。禅問答あり、ラップあり、行き詰る剣の対決の描写が行き詰る。さわやかな読後感。恋愛、女性は、ほとんどでてこない男の小説だ。

「さいごの色町 飛田」  井上理津子

こんなところが大阪に、いや日本にあったのか。色街というのはまさにここだ。
売春防止法施行後にどう生き残ったかが興味深い。

女性がウロウロしていると嫌われる場所で、著者が体当たりで飛田の中に飛び込んで話を聞く度胸がすごい。

目立たず、触らず、そっと存在している、料亭街。飛田。いづれは消滅する運命の街かもしれないが。日本に1箇所くらいあってもいい。自分では行くことはないが。

2012年5月27日 (日)

読書中・終了

図書館から借りてきたもの

○ 永遠の0(ゼロ) 百田尚樹 講談社文庫・・・・読了

   予約が待ちがかなり入っていて、なかなか順番がまわってこなかった。

   太平洋戦争のゼロ戦乗りの特攻隊もの。太平洋戦争の全貌をさーっと語ってもいる。

   結末は、意外だが、さわやかな感じもする。

   プロローグの戦場シーンは蛇足ではないかと感じる。

○ 島焼け 高田宏 新潮社・・・読了

 青ヶ島。江戸時代の大噴火で島民が全島避難。その後に苦難の末、青ヶ島へ戻る、「還住」の話。

 リーダーの名主のあきらめない粘り強さ。緻密な計画性。
 それを支援する八丈島の島民たち。島役人もここでは善政に徹底した。

○ 近衛家の太平洋戦争 近衛忠大 NHK出版

 近衛文麿のついて。その長男の苦難。

 近衛文麿は、終戦後戦犯で収監される直前に荻外荘で服毒自殺。
 戦争回避への努力が、ずれてしまったのだろうか。
 政治家は、その言動、結果で成果を判断される。多くの過ちを犯したというのならば、具体的に言い残して欲しかった。

 文麿の次男は、荻外荘に棲んでいたが2月に死去。

○ 甘粕大尉 角田房子 ちくま文庫

○ ヨーロッパ史における戦争 マイケル・ハワード 中公文庫

  これは面白そう。

○ 十字軍物語2 塩野七生

  読でんいる途中。3巻が出てしまった。

○ 道元 和辻哲郎 河出文庫

2011年7月20日 (水)

「普通がいい」という病  泉谷閑示

4、5年前に、弟からこれは面白いよ、と大学の講義録のような冊子を渡された。それが、「臨床精神医学概論講義 泉谷閑示」という本であった。

その講義録は、横書きで、簡素な装丁であったが、その当時は、いまひとつ読みきることができなかった。心と体、カウンセリングのようなものに興味がなかった。

 その講義録が、「「普通がいい」という病」という題名の新書として刊行された。

講義録はカウンセリングの研修会の資料として、書かれたようだが、この新書では、もっと一般に向けたものとなった。全部で10の講座に分かれている。

第1講では、異常と正常、そんなにはっきりと線が引けるものなのか。まず、そこからこの本は始まる。

病気だからと、自分にレッテルをはることで、自分を、こういうものだと固定観念にとらわれてしまう。そのレッテルをはがすことが、治療に必要だと。

葛藤のある、悩みのある状態。葛藤できるのはむしろ健康な状態である。頭の考えで、すっきりさせても、葛藤は解決しない。「安心して悩む」のが健康な状態である。

では、なぜ人間は悩み、苦しむのか。

理性の場である頭、その頭が、感情、欲求、感覚の場である心や体をコントロールしたがり、心が頭に抑圧されて我慢できなくなったときに、うつ状態になったりするのだと。

 普通がいい、とは、どういうことなのか。 人と違っていることは、いけないのか。

著者は、「あるべき自己」に向けて鍛錬するのではなく、「あるがままの自分」を承認することが、重要なのだと。

この「あるがまま」という言葉が私は好きだ。自分は自分だ、人と違うのはいけないことではない、むしろ人間の価値は、人と違うことにある。そう思っている。ちなみに「独立自尊」も好きだ。これは学生の頃からつぶやいている。(笑)

第5講の「感情の井戸」については面白く、納得もした。

心に由来する深い感情とは何か。無意識の領域では、井戸が掘られていて、そこに感情のボールが4つ入っていて、上から「怒」、「哀」、「喜」、最後に、一番底に「楽」なっていて、怒や哀が出てこない限り、喜や楽がでてこられない構造だという。この怒や哀をネガティブなものとして、出さないようにしてしまうと離人症や酒乱となって現れる。普段は腰が低く感情の井戸のフタを強く抑えている人がアルコールでフタが吹き飛んで酒乱となるわけである。

フタを開けるための手段として、 【心の吐き出しノート】が有効だ。

怒りを吐き出し、心の奥に溜めすぎないように、ノートや日記に書くのがいい。どんなに苦しいのか、なんでそんなのか、ともかく文章にしてみる。

書くという行為は、自己を客観視するものだ。上司の悪口でも、夫への怒りでも、通勤でむかついたこと、自分勝手なお客など等、ともかく文字にして、日記に吐き出すと、すっきりする。自分は怒っている、悲しんでいる、そういう感情を確認する行為が大事だと。

愛と欲望

「愛」はそれぞれが「孤独」であることを前提としている。では偽りの愛、欲望ではない「愛」とは何か。

著者は、エーリッヒ・フロムの「愛するということ」を引用している。

フロムは、「未成熟な愛は、私はあなたを必要とするから愛する。」「成熟した愛は、私はあなたを愛しているので、あなたを必要とするのだ。」と述べている。

著者は、未成熟な愛は「欲望」と呼んで、本物の愛だけが「愛」と呼ぶべきとし、愛とは、相手が相手らしく幸せになることを喜ぶ気持ちであり、欲望とは、相手がこちらの思いどおりになることを強要する気持ちであると。

親が「あなたのためを思っていっているのよ」という言葉が実は「親の思い通りになって欲しい」だったりする。

これが「愛という名の暴力」になる。だが、欲望を遠ざけるだけではなく、その欲望に正直に向き合うことが、愛に繋がるという。

著者の言う、見返りを一切求めない愛は、プラトニックラブみたいでもある、それは自分自身をきちんと愛し、しっかりと自己肯定できている、自立した人間であることが前提になるのではないだろうか。

この本は、哲学者や詩人の著作からの引用が印象的である。パスカル、茨木のり子、ニーチェ、中原中也、森有正など。

特に、パスカルのパンセは、私も愛読書なので、好きなフレーズが出ると。ああ、そうだと納得した。

「人間は、もし気が違っていないとしたら、別の違い方で気が違っていることになりかねないほどに、必然的に気が違っているものである。」パンセからの引用である。

このフレーズも私が好きな言葉だ。

自分が自分らしく生きることが、難しい状況に追い込まれやすい社会が、心の病気を生み出しているのかもしれない。KYを恐れるあまり、自分を見失って、他人がどう思うのかに汲々とする。他人本位の考えでなく、自己本位な、自分自身の確立が大事なのだ。

「君はどう思うのか」「その理由は何か」、学校教育はそこから始めることが必要だと思うのだが。人と違うことで、いじめに会うことを恐れているような学校生活では、そんな考えを得られるのだろうか。